一面に広がっていた雑木林は、土地開発がなされたり、針葉樹の暗い植林地に置き変わったり、 あるいは放置されるようになった。
繁栄していたギフチョウは、すみかが失われたり、すむのに適さなくなることで、各地で衰亡する羽目に陥ってしまった。
この結果、神奈川県では丹沢山麓一帯から津久井にかけて広く分布していたギフチョウは、一九六〇年代以降は、急激に姿を消してしまった。
そして自然の状態を保ってきた個体群は、ついに藤野町石砂山周辺に残されるだけとなった。
このように、「春の女神」ギフチョウの盛衰は、人間社会と密接に関わりあってきた。
そして今、ギフチョウに代表される里山の生きものたちは、人間社会との共存共栄という時代から、人間社会からの圧迫という受難の時代に直面しているのである。
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